イエスの服に触れた人

イエスの服に触れた人
「この女がイエスの事を聞いて、群衆の中に紛れ込み、うしろから、み衣にさわった」(マルコ5:27)
 聖書は「12年間も出血が止まらなかった女性が、イエスの服に触れた」と言います。イスラエルに於いては、このような人は『汚れた人』と考えられ、宗教上の制約を受け、つらい生活が強いられました。その上、多くの医者にかかって、さんざん苦しめられ、その持ち物をみな費やしてしまいましたが、その結果、悪くなる一方でした。このような中で、この人が、どのように生き、そして、今日、イエスに触れることが出来たのかです。彼女の生活を考えるヒントが、旧約のルツ記のナオミと云う人にあるのではないでしょうか。ナオミの事はご存知でしょう。この人は、モアブで、主人と2人の息子さんを亡くし、平安な家庭から不幸にされました。しかし、ナオミは、この事を受け入れ、神を、正しい方とする生活を続けた人でありました。それは彼女を御心にかなう者と変えたのでした。
 12年間、病気の為に、苦しんできた女性も、ナオミのように、主に信頼していたに違いません。それは、この人々の心を、砕かれた心に変えていたと言えます。それは、小さい者、貧しい者と認めさせていたと、その時、イエスは、多くの小さい人、貧しい者を救い、愛される方として登場されました。彼女にとりまして、イエスは自分を救って下さる方と見えたのです。彼女は、弟子たちも、群衆たちも知らないイエスを知って、イエスに手を伸ばし、み衣にさわり、神の御心として、イエスの力を受けるものとられたのです。次には、イエスが、この方を見つけようと探して下さったと物語られます。イエスを、正しく恐れるものとされることが結論ですが、まず、何よりも、どんな所を通ることがありましても、主を拝し、信頼し続けることが主の御心であると聖書は語っています。