成し遂げられた

この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられてのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。イエスはこのぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた (ヨハネ19章28節・30節)
 これが、ヨハネがイエス・キリストの十字架の最後を伝えた言葉である。ただ、キリストの弟子たちは、主イエスが十字架につけられた時には、このようには理解出来ていませんでした。ですから、主イエスの十字架において重要な真理は、反対するユダヤ人と無関心なローマ人によって裁かれたというのではなかったのであり、事実は、父なる神から委ねられていた御業を、すべて成し遂げられたのであった。それを一言で表すならば、父から遣わされた神の子として、父が恵みと真理に満ちておられると示される御業を成し遂げられたのである。(1章18節)
 イエス様は御自身の生涯によって、父なる神が恵みと真理に満ちておられるとお示しくださるために世に来られたのである。この事は、遣わされたイエス様が、恵みと真理に満ちておられることに委ねられていたという事である。そして、その生涯、イエス様は、われらの救いの為に、ご自分の命をも惜しまれないほど愛に満ちておられることを現わされました。そして、天に帰られるとき、われらの罪の贖いをも成し遂げて下さいました。だから、イエスは信じる者に永遠の命を与えられるのです。主イエスは、恵みと真理に満ちておられる。