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自分自身を聖別せよ

      ヨシュアは民に言った。
  「自分自身を聖別せよ。主は明日、あなたたちの中に驚くべきことを行われる。」(ヨシュア3章5節)
 わたしたちの主は、ご自身の御業の為に用いる人々を聖別させられるお方です。主は、イスラエル人に、ヨルダン川を渡らせる為に、その東側の岸に近づけさせました。イスラエルの人々は、主が直前で、アモリ人の二人の王、シボンとオグに勝利させられたので、勇気に満ちて前進したことでしょう。
 しかし、主は、これから行われようとされる御業の為に、イスラエル人自身の聖別を命じられたのです。それは祭儀的なことでした。衣服を洗い、性行為を慎む事でした。主は、この時代にはそれを人々の聖別と認められたのでした。人々は、こうして自分たちを神に従う者としてささげられました。
 次の日、民は出発して契約の箱担ぐ祭司たちの足が、ヨルダン川の水際に浸ると、主は、川の水を上流の方で壁のように立たせ、人々に乾いた川床を渡らせました。
 これは、主がイスラエル人を出エジプトさせられた時、彼らの為に葦の海を分けられたのと同じ御業です。主はご自分の民の為に、大いなる力を現されます。主の力に、諸国民はふるえおののかされ、イスラエル人がひれ伏せさられる為です。
 今日も、主は、わたしたちに「自分を聖別せよ」そして自身にささげるように勧めておられる。(ローマ12章1節)その時、「あなたたちの中に驚くべきことを行われる。」と云われる、互いに聖別し、主の御業を期待しましょう。
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猛暑

2013.08.18 17:03|時々日記(時々更新)
毎日暑い日が続いています。
日焼けや、シミなんか気にせず子どもたちは真っ黒になって外遊びをしています。
教会では、先日サマーパーティーを行いました。
暑いので室内で・・・・・

今度は9月27日に映画会を行います
今回は「レ・ミゼラブル」の予定です
皆さん教会までいらしてくださいね

ヨシュアと共におられる神

 一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。(ヨシュア1章5節)
 神は、僕モーセの死後、モーセの従者ヨシュアを、後継者とされます。モーセは、イスラエルを出エジプトさせ、神からの立法をさずかり、荒れ野を導いた偉大な指導者でありました。
 その後後継者と立てられたヨシュアは、どんな思いだったでしょうか。モーセでさえも、神様の召命に対して大変消極的でした。(出エジプト3章)モーセがいなくなった後、この民を導いて、約束の地を征服する使命の思いをはせるヨシュアでしたが、恐れ、おののいていたのではないでしょうか。
 神は、ヨシュアに対して、「立ちはだかる者はないであろう。」と言われる。詩編46編に「全ての民は騒ぎ、国々は揺らぐ。神が御声を出されると、地は溶け去る。」とある通りだと言われたのです。
 それは、「紙が、モーセと共におられたように、ヨシュアと共にいる。」祝福であり、奇跡です。ヨシュアは、律法を忠実に守る者であったと言えるでしょう。しかし、それを誇るものではなく、モーセの弟子として、神の前にへりくだった者であったに違いありません。彼は、神の栄光を求めた人であったに違いない。
神は、「御言葉を、あなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ」なさいと。
 正に、この御言葉は、主イエスキリストを信じる信仰によって、義と認めていただいた、わたしたちキリスト者にこそ、命じられていると言えるのではないでしょうか。主の恵みにより、信仰によって、多く許された私たちは、多く愛する者です。
 主の御言葉を忠実に守ろうではありませんか。主は、ヨシュアと共にいたように「あなた方と共にいる」と言われる。                                             牧師
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